親孝行か自分の幸せか
自分がしたいことを親が反対の場合や、それをすることによって親を悲しませることになってしまうのではないかと思われる場合に、それをするかしないかで迷って、悩んでしまうことがあります。
親孝行したい/親不孝はしたくないという思いと、自分の幸せになる道を進みたいという思いの葛藤があるのだと思います。
「親孝行か自分の幸せか」という選択について考えてみようと思います。
1.「自分で選ぶ」
基本的には、自分の人生に係わることは「自分で選ぶ」という強い気もちがほしいと思います。
よくないのは、「親のために、自分の幸せをあきらめた/幸せになれない」などと考えながら生きたり、逆に親不孝をした自分を責めながら生きることだと思います。
自分の考えと責任でどちらかを選び、その選択がよかったと思えるように(幸せに)生きることが大切だと思います。
『くよくよしない考え方』には、「自分のことは自分で決める〜望みを押し通す方法〜」というのを書きました。
私は決断に迷った時には、「○○もよし、□□もよし」と考えるように心がけるようになってから、少しラクに選択ができるようになりました。
「親孝行の道を選ぶのもいいし、自分の幸せの道を選ぶのもいい」ということです。ここでは、そう思えるようになるための考えを紹介したいと思います。
2.一つ(一時)の親不孝がすべてではない
一つのことで、たとえ親不孝をすることになってしまったとしても、それがすべてではありません。
親孝行の方法はたくさんあります。
日々の接し方や小さなことの積み重ねが本当は大きいと思うのです。
親孝行をしたいという気もちと、感謝と思いやりの気もちがあればできるはずだと思います。
一つの親不孝はしても他にたくさんの親孝行をするのと、大きい親不孝はしなくても何も親孝行をしないのと、どちらが親孝行なのでしょうか?
親不孝をして一時的に親子関係が悪くなってしまっても、それで終わりではありません。
自分から仲直りの努力を続ければ、いつかきっと親もわかってくれると思います。親子関係はきっと修復できるものだと思うのです。仲直りを提案し続ける人と拒絶し続ける人では、正しさも美しさも強さも違うと思うのです。
親不孝をしないために「親のために幸せになれない」と不満を抱えたり恨んだり憎んだり嫌ったりしながら親と接したり、親を避けたり、親につらくあたったりを続けるのはもっと大きな親不孝だと思います。
逆に、一つの親不孝をしても、親にすまないという気もちをバネに、そのあとにたくさんの小さな親孝行をし始めるきっかけにする決意があれば、一つの親不孝もしやすくなるのではないでしょうか。(ここでは「親不孝」と書きましたが、それが「自分の幸せ」であることが前提の話です)
3.第一の親孝行は自分が幸せになること
親は子供の幸せを願うものです。
でも、親も未熟な人間です。神様・仏様のような人はめったにいません。
自分の感情や望みや都合で考えてしまうこともあります。
「子供の幸せのため」と考えているつもりでも、それがいつも正しいわけではありません。
本来なら、自分の幸せを選ぶ子供を祝福してあげるところを、親不孝と思ってしまうのは親が未熟だからだと、私は考えます。
冷たい言い方かもしれませんが、自分が幸せになるのは自分の問題、(子供の幸せを)親不孝と感じてしまうのは親の問題だと思うのです。
自分の幸せを選ぶことで一時的に親との関係が悪くなってしまうこともあるでしょうが、自分が幸せになること、幸せに暮らすところを見せることが親にわかってもらう方法であり、親孝行でもあると思うのです。
そして、自分が幸せに暮らせるようになれたら、その幸せを親にも分けてあげられるように親孝行ができたら、なおいいでしょう。自分が幸せでないのに親孝行をすることは難しいのではないでしょうか。
ここに書いているのは、子供の立場に立った勝手な考えではあるのですが、このように考えることで、親不孝という罪悪感を軽くでき、いずれは親孝行もできたら、ということです。
4.自分の幸せとして、どちらを選ぶか
ここまで、自分の幸せを選ぶための考えばかりを書いてきましたが、もちろん親孝行はいいことです。
自分が親孝行をしたい(そういう自分でありたい)という気もちを大切にして、親不孝になるようなことをしないというのも人間として素敵な選択だと思います。
また、客観的に考えれば、親の考えや意見のほうが幸せになれる選択なのかもしれません。親が自分よりも人生経験が長いのは確かですし。
でも、最終的に決断するのは自分ですし、その責任は自分が今後の経験としてとることになるのです。
どちらを選んでも、幸せになれるかどうかは、(その選択よりも)今後の自分の努力しだいだと思うのです。
「親孝行か自分の幸せか」と悩む人は、親孝行したいという気もちが強いやさしい人だと思います。
どちらの選択をした場合にも、そのあとに「(小さいことでも)親孝行をできるだけしよう」と心がけるきっかけになれば、いいのではないでしょうか。