隣家の騒音に悩む
「隣家の騒音に悩んでいる」という人もけっこういると思います。狭い日本では建物の距離はあまりないし、アパートやマンションでは隣りだけでなく階上・階下の音がよく聞こえる所も多いようです。また、近隣の人への配慮やモラルに欠ける人も増えているような気がします。
「隣家の騒音に悩む」という騒音の悩みについて考えてみたいと思います。
1.どんな音? どんな人?
隣家の発する様々な音に対して「うるさい」「気になる」と悩む人がいます。
ケンカのような大声、ドシンドシンと歩く音、子供が騒ぐ声やバタバタと走り回る音、ドアや窓の乱暴な開閉音、大音量で聴く音楽などは特にうるさく感じられます。
音の大きさやその頻度によっては、とても煩わしいものでしょう。
深夜や早朝の時間帯には、なおさら気に障ります。
音がうるさいと怒りを感じるのは、その音を出している相手に対してです。
そういう騒音を出す人とはどのような人なのでしょうか?
まずは、無神経な人でしょう。人に迷惑をかけていることに気づけない人です。もしくは、自分のことに精一杯で、近所の人にまで気を使う余裕がないのかもしれません。
次に、音の許容範囲に対する考えの違う人。「このぐらいはいい」と思っている人です。考える許容範囲は人によってけっこう違うと思います。
そして、故意の人です。誰かに対していやがらせをしている場合もあります。その人も隣家の騒音に対して、音で警告やお返しをしている場合もあります(このケースについては、「隣家から音に対する苦情・いやがらせ」参照)。
そういう相手に対して、どう接し、騒音に対処したらいいのでしょうか?
大きく分けると二つの方策があると思います。
一つは、相手に直接交渉して騒音を抑えてもらえるようにする方策。
もう一つは、自分がその音を気にしないようにする方策です。
前者は「相手を変える」方策で、後者は「自分を変える」方策と言えるでしょう。
前者を選ぶかどうかは、騒音の程度によって、相手によって、自分(の状況や交渉への自信など)によって判断するとして、いずれにしても後者の努力はしたほうがいいでしょう。イヤな気分で過ごす度合いと時間を減らすために。
2.相手への直接交渉
騒音を減らすためには、隣家の人に心がけてもらうよりありません。そのためには、相手にそれを交渉しなければならないでしょう。相手に向けて壁や天井や床をたたくようなことはあまりいい方法だとは思えません。
「とりあえず、お願いしてみる」のがいいと思います。
相手と会う機会があった時、もしくは相手の家を訪問して、「もう少し△△の音を控えていただけないでしょうか」のように「お願い」できたら、と思います。そして、その時の対応を見て相手を知ることが今後の接し方を決める材料にもなると思います。
相手が単に気づいていなかった場合には、お願いしてみれば、気を遣ってくれるようになるでしょう。
相手が「このぐらいの音で文句を言うのはおかしい」のようなことを言うかもしれませんが、その場は黙って引き下がったほうがいいと思います。議論をしても、相手が変わることはまずないでしょう。
とりあえず、相手にこちらの思いを伝えておけば、ふつうの人なら少しは気を遣ってくれるのではないでしょうか。
少しでも騒音が減れば、効果はあったと考えたほうがいいでしょう。
しかし、交渉の結果は相手によります。ぜんぜん話にならない人もいるでしょう。ケンカのようになってイヤな思いをしてしまう可能性もあります。
また、交渉することによって関係が悪化してしまうこともあり得ます。
そういうことも覚悟した上で、「とりあえず、お願いしてみる」ことを検討してみてはどうでしょうか。(読書ノート『説得力』が参考になるかもしれません)
本来なら、近所づきあいによっていい関係を築くことが、互いに気を遣い、また互いに大目にみられることにつながるのだとは思いますが・・・。
騒音があまりにもひどく続く場合や危険を感じるような相手の場合には、仲裁してくれそうな人にお願いしてみるのもいいと思います。大家さん、管理人さん、不動産屋さん、共通の知人、近所の頼りになりそうな人などです。
相手に直接交渉すれば、多少の効果は期待できます。相手に何も伝えなければ何も変わらないでしょう。
でも、直接交渉が必ずうまくいくとは限りません。相手によりますから。
3.気にしないようにする
よほどいい住環境に恵まれている人でなければ、ある程度の騒音は覚悟したほうがいいと思います。また、平気で騒音を出す人といつ隣人になるかもわかりません。相手に直接交渉しても、すぐに完全に騒音を無くすことは難しいでしょう。
いずれにしても、自分が気にしないようにする心の対策をしたほうがいいと思います。あまり気にしないですむようであれば、相手に直接交渉するようなこともしなくてもすむわけです。
音に敏感なのはなかなか変えられないと思います。でも、過反応しないようにはできると思います。気づいてもあまり気にしなければいいのです。多少気になっても苦にしなければいいのです。
そのためには、「このぐらいなら私は大丈夫だよ」と言える音の許容範囲を広げられたら、と思います。
ここに書くことはすべて自分の心の平穏のためにはどうしたらいいかということです。(相手はどうでもいいのです)
(1)その時々の対処
騒音に気づいた時は、「音に驚かない」。
そういうことがあるのは先刻承知しているわけですから、「あぁ、またか」のように考えられたら、と思います。たとえば、ドアや窓の乱暴な開閉音などは、「あぁ、またか」だけで済ましたほうがいいと思います。
騒音が続いている間は、「何かをする」。
その騒音に神経を集中すると、それが自分の中で大きくなってしまいます。イヤな音に耳を傾けて、イヤな人のことを考えたら、イヤな気もちになるのは当たり前です。
ですから、意識的に何かをすればいいのです。自分が集中できることや夢中になれることなら有効です。やるべきことがあるのなら、それを一所懸命にやればいいのです。ヘッドフォンを使って、音楽を聴いたりテレビやビデオを見るのもいいと思います。さらに、音楽を聴きながらや鼻歌をうたいながら掃除・洗濯・料理などの身体を動かすことをするのもいい方法です。誰かに電話をかけて話すのもいいし、ネットでお気に入りのHPを見るのもいいでしょう。また、散歩とか買い物とか、外出するというのも一つの手です。
考えれば他にもいろいろ工夫できると思います。
騒音がやんでいる時には、「騒音と相手のことは考えない」。
イヤな思いをするのは騒音がしている時だけにしましょう。騒音がやんだ時には、「幸せな時が帰ってきた」とも考えられるわけです。せっかくの静かな時間を平穏な気分で過ごしたほうがいいでしょう。騒音がやんだことに気づいた時には、「あ、終わった。よし、何かいいことを始めよう(幸せな気分で過ごそう)」といいきっかけにできたら、なおいいと思います。
騒音でイヤな気分にならないためのキーポイントは、「相手のことをできるだけ考えない」ことです。騒音を出す相手のことをあれこれ考えるほど、イヤな気もちになるのです。
(2)理解する
理解することで、騒音に対して寛容になれることがあります。
住居の実情を理解する。自分が住んでいる所ではどのくらいの音が伝わってくるのかを理解することです。
たとえば、ふつうの会話が聞こえる ふつうに歩いていても気配がするというのでは、ある程度の音が聞こえるのはしかたがありません。
それがちゃんとわかっていれば、「この音がこれぐらい聞こえてもしかたがない」と思えることもあります。逆に、自分の出している音も同じように相手に聞こえているはずなのです。
ふつうの生活音を理解する。この音はふつうに生活していればある程度出てしまうものだと理解することです。たとえば、トイレを流す音です。こういうものはしかたがないのです。
「この音は自分も出しているのではないか?」と考えれば、わかると思います。
相手の状況を理解する。相手の人やその家族の状況を考えれば、ある程度はしかたがないと思えることもあります。
たとえば、小さなお子さんがいる家庭では多少の声や音はしかたがないと思います。誰でもかつて子供だった時があるのですから。
その他にもいろんな状況の人がいるのです。少しでも思いやりの気もちをもてたら、と思います。
(3)想像力を働かせる
想像することで騒音に対する自分の悪感情を落ちつけることができる場合があります。
相手について。
「きっと無神経な人なんだろう。こんな人もいる。こんな人のためにイヤな気もちになるのは損だ」
「もしかしたら、おっちょこちょい(粗忽)な人かもしれない。しょうがない。このぐらい許してやるか」
「体重がある人だったら、ふつうに歩いてもこのぐらいかな。
(貴乃花だと思えばいいか。小錦だったらこんなもんじゃないだろうな)」
「欲求不満なのかなぁ。もしかしたら、心が病んでいるかわいそうな人かもしれないな」
これらの想像は事実でなくてまったくかまいません。自分勝手に都合よく考えればいいのです。それで、少しでもイヤな気もちが軽くなるのなら。
子供の出す音について。
「もし、これが自分の子供(または、孫)が出している音だとしたら、どうなんだろう? こんな気もちにはならないのではないか? もしかしたら、微笑ましい気もちになっているかも」
瞬間的な大きい音について。
「雷の音は、もっとすごくて怖い時もあるけど、腹は立たない。では、なんでこの音にはこんなに腹が立つのだろう? (人のことを考えるから)」
時間帯について。
「同じ音なのに、昼間だったら許せるのに、深夜や早朝では許せないのは、なぜだろうか? ・・・」
その他。
「自分の好きな人がこの音を出しているとしたら、こんなふうに感じるのだろうか?」
「どういうことを考えたら、自分の気もちがおさまるだろうか?」と一所懸命にあれこれと考えていると、それだけでイヤな気もちは軽くなります。すでに心の姿勢がいいほうに向いているからではないかと思います。
いい考えが見つかると、「自分は大丈夫(好好)」と思えます。
自分に合った考え方を、創造力を発揮していろいろと考えてみてはいかがでしょうか。
(4)自分を育てる
「私はこのぐらい大丈夫だよ」と、どれだけ思えるようになれるかが肝心です。それによって、どれだけ平穏に暮らせるかどうかが変わるのです。
騒音を出す相手を「いい練習相手」と考え、「自分を育てよう」と心の姿勢が変わるだけでも気もちが変わります。そういう自分はすでに「少しは大丈夫」なのです。練習相手と言っても、正面からぶつかるというようなことではありません。相手にしない、軽く受け流すことを身につけるための練習相手です。
すぐには上達しないかもしれませんが、心がけを続ければ少しずつ大丈夫になると思います。少しでもうまくできた時には、「少しは進歩したな」と喜んでください。うまくできない時には「まだまだ未熟だなぁ」と頭をかいて笑ってしまえれば、力が抜けて少しラクになれたりします。
自分を育てれば、隣人が別の人に変わってもその能力は役に立ちます。イヤな隣人と遭遇するたびに相手を変えようとしていたら大変だしキリがありません。どうせ努力をするなら、自分を育てる努力をしたほうがいいのではないでしょうか。
4.最後の手段
どう考えても許されないようなひどい騒音の場合には、最寄りの役所や警察に相談窓口があるか問い合わせてみて、あれば相談してみるのもいいと思います。場合によっては、弁護士に相談してみるのも一つの方法です。
ただし、それでどのくらい成果があるかは定かではありません。隣家の騒音については当事者同士の問題と考えられてしまうことも多いようです。
騒音の問題はやはり相手によります。騒音がひどい相手/話にならない相手/強い悪意をもった相手/危険な相手などとうまくつきあうことは極めて困難です。そういう相手をいなくすることも変えることもできません。相手にしなければいいのですが、騒音の被害は避けられません。ヘタな対応をして、騒音以上の人間関係の被害を受けるリスクも回避したほうがいいでしょう。
最後の手段は、自分(の家族)が引っ越すことでしょう。
と言っても、引っ越しは一大事であり、諸事情によって難しい場合も多いと思います。
でも、どうにも対処できず、耐えられない騒音に対しては、それしか方法がない場合もあるのではないでしょうか。
我慢の結果、自分(もしくは、家族の誰か)が病気になってしまうようでは大変です。(そうなる前に、一時的に違う場所に緊急避難するというのも一つの方法です)
私なら、どんなに努力しても幸せに暮らせないような状況は、なんとしても避けたいと思います。幸せに暮らすことは、それほど大切なことだと考えます。
同居者がいる場合、引っ越しには同意が必要です。そのためには、自分が苦しんでいることを真剣に強く訴えたほうがいいと思います。
自分と大切な人の心身の健康は、何ものにも代え難い大切なものだと思うのです。それを守るためには、引っ越しという最後の手段を検討することも必要な場合があると思うのです。